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2009.09/12(Sat)

ぶんぽうちがい

今、やっとNHKが一段落しそうになったので高校生用の文法書を集中して書いているところです。参考にしている「文法書」は例外なく「語形変化」「語法」が大きな部分を占めています。そしてもっとも肝心な文を作るための中核的な原則(語順)などの解説がほぼありません。そして僕はそれこそが本来の「文法」だと思っています。

 掲示板でのジェンヌさんのご投稿:
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今朝の日本経済新聞38面を読んでちょっとビックリ!

「英会話ミス直さないで」の見出しの下
「前略…教員向けの説明資料で、英会話では流れを大切にした授業を行い、生徒の積極性を求めていることが6日わかった。細かなミスの修正より、実践的なコミュニケーションを重視しており文法などの正確さをゆうせんしたこれまでの教育課程からの転換が明確になった。後略」
 
 「同省の担当者は、多少言い間違えてもコミュニケーションは成り立つ。会話では文法などに気を使い過ぎなくてよい、と話している。」
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 このご投稿を拝見してまず感じた違和感は、「会話で気を遣い過ぎなくてもよい」と公に断ぜられる『文法』をなぜ変えようとしないのか」ということです。

 「文法に気を遣うことなく」が、旧来の「文法」であれば、僕はもちろん賛成です。細かな語法のミスは外国人である限り割けることが出来ませんし、それがコミュニケーションの質に与えるダメージは比較的軽微です。でも「文法」が僕が目指すような---そして多くの言語学者が当たり前に使う意味での---「文法」である場合、この通達には意味がありません。そうした根源的な「文法」を---コミュニケーションを願いながら---無視することはできませんから。

 語法解説や文法用語解説に終始した従来の「文法」が、コミュニケーションには本質的ではないという舵取りは、正しい方向です。

 ですが、そのように舵を取るなら、英作文・読解などの利用に供する文法も俎上にあげなくてはならないでしょう。コミュニケーションに本質的ではないと断ぜられた従来型の「文法」がなぜそちらでは余命を長らえているのか。会話コミュニケーションにとって本質的でないなら読解にも本質的ではないはずですよね。

 ... ... ということで執筆に戻ります。


 え?なんでこんなハンパな話をブログにしたのかって?それはね、
 文字数超過しすぎて分けて掲示板に書くのがめんどくさかったんだよ。




 
 
 
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