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2010.09/08(Wed)

動いたためしのないマシン

 文法書を書きながら頭に常にあるのは、ワインディングを疾走する1台の車だ。そしてパソコンの上で組み上がりつつあるのは、「オレのマシン」だ。


 私ごときが書く英文法書を、無数の知性と創意工夫が生み出したおよそ3万点の部品からなる現代製造業の白眉、自動車と比べるのは些か気が引けるが、それを目標に置いているだけなら問題なかろうと思う。
 文法と自動車製造。奇妙な取り合わせではあるが、システムを作り出すという観点では、かなり似通った性質をもつ。もちろんスプーンの製造でも同じことであるが、素材のバリエーション、工数、組み立ての複雑さを考えれば、文法書執筆はやや自動車製造寄りのプロジェクトであると思う。 

 文法書執筆に当たり、片っ端から英文法書を読んだ。多くのものに関する感想は「これじゃ走らない」。そしてそれは大多数の受験生・学習者の感想と大きく変わるところがないものだと思う。口語から文語、oxenからstadia、関係代名詞から関係形容詞で継続用法。百科事典と化しているものも多いが、端的に言えば「これでは走らない」。6-700ページからなる広大なガレージに、ピストン、バルブ、クランクシャフト、コンロッドがバラバラにちらばっていて、

「じゃ、ドライブに行こうか」。

それは土台無理な話だ。部品がいくら精密にできていようが、適正に組み上がっていなければ自動車は走らない。英語はどういったことばなのか。何が重要なのか。何を押さえればなんとか走ることができるのか。有益な示唆はあまり見あたらない。トランスミッションも、ナビのボタンも、音楽再生ボタンも床に散在している。
 
私が繰り返し繰り返し車が走らぬ悪夢を見るのは、十分な理由があるのだろう。それは劣等感であり、満足なシステムを構築してこなかった後悔であり、現実に疾走することのできるシステムへ憧れとそれを作りあげた知性の集積に対する尊敬なのだろう。

 「オレのマシンを組む」


<以下続く>


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