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2011.08/07(Sun)

和歌山

 和歌山には数年前から何度かお邪魔している。今回は3時間余りを戴き体も本調子ではなかったので、ゆっくり話そうかと思っていたのですが、懐かしい顔を見、若い諸君が何かをつかみ取ろうとしているのを見ると、いつもと同じようにテンションが上がってしまいました。来たのが1年前なら1年分の進捗を見せなくちゃ。はは。まぁ、どだい無理な話ではあったんだよな、僕がゆっくりゆったり。

 7月から各地で続いた講演の一区切りであったため、講演の翌日高野山に行き、大日如来に手を合わせる。特に信心深いわけではないのだが、像の後ろにはいつも、巨大な自然がそのままの形で折りたたまれているような気がして、体が内側から縛られているような気がするときには顔が見たくなる。延暦寺の大日如来も曾てそういう気持ちで見上げた。折りたたまれているからこそ、プロセスできない膨大な情報量を純化して受け取ることができる。自然が内包する莫大でありながら整然とした秩序に心が安らぐ。体が縛られるのは、正しく立ってはいないからだ。
 今回は同じお堂に、焼失した中門にあった多聞天と持国天が安置されており、それは僕にとってはたいへん示唆的なことであったと思う。

 厳しさの向こうにしか、自由な世界は広がってはいないのだということだ。



 




 
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