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2011.12/04(Sun)

増刷しました

 「一億人の英文法」、たくさん増刷しました。
 知り合いが「中日新聞ベストセラーに載っていますよ」と連絡をくれたので、見たら4番目。落合の「采配」の下で、「謎解きはディナーがなんとか」の上。昨日は、ちょっとうれしかったのでとっておきの鮒寿司を食べたのでした。

 20冊以上書いていると正直部数はどーでもよくなる。自分の頭に巣くった考えを吐き出すためだけに本を書くようになる。「何冊売れた」のために腰痛こらえてパソコンに向かえるわけないぢゃん。
 ただ処女作の「ネイティブスピーカーの英文法」については「多少売れればいいな」と思っていた。有名人でもなければ立派な肩書きがあるわけでもない書き手に何度もチャンスをくれるほど出版業界は甘くないからだ。そして今回も僕は「数」にこだわっていたりする。

 何部売れれば満足かは一概には決まらない。吐き出すためだけなら版元に迷惑をかけない程度に売れればいい。バイトのつもりで書き捨てたなら5000部で十分だろう。だが、世間を動かそうとするなら10万部でもお話にならない。そんな部数では「あああの本ですね」と好事家が肯く程度だ。で。「一億人の英文法」は世間を動かしたいと思っている本なのだ。もちろん、文法教育の方法を変える為にだ。以て今までの文法教育が営々と築き上げた「日本人なら英語はダメだよね」のくそったれな状況を変える為にだ。その為に数字にこだわる。

 スペインのビジネススクールに行ってごらん。英語の従兄弟みたいなことばを使っている彼らが「英語はむずかしいよなぁ」と言っている。BCNで英語使ってごらん。平均全然話せないから。その英語を日本人学生の口に突っ込もうとしているときに、スペイン人ですら匙を投げる伝統文法でいいわけがない。英語と日本語は赤の他人なんだぜ。日本人スペシャルの、クレバーなやり方をなんとか編み出さなくてはならないのは当然のことだ。

 Swanがこういってました
 Leechがこういってました
 Hornbyがいってました
 Fowlerがうるさくいってました
 A Comprehensive Grammar of the English Language の1243ページにかいてました

知らねーよ、そんなこと(知ってるけど)。彼らは優秀な観察者だが、その内容を切り貼りしただけの文法書に意味はない。静的な記述的妥当性ギリギリみたいな観察を山ほど並べるだけでは、日本人の英語は動き出さない。そんなことはもう何十年も前からわかりきっていたことだ。

 「一億人」を書くに当たって、僕は片っ端から本屋にあるスタンダードな文法書を読んだ。日本語自体が壊滅している本とか、予備校講師などによる扇情的なものまで含めて。残念ながら琴線に触れるようなものは見当たらなかった。オリジナリティと論理性に欠けているのだ。たまに「ほー、これはおもしろい着眼だな」と思ったら、それは僕が数年前に書いた内容だったりした。ざけんなよ。はは。

 「一億人」でどう世間を動かそうとしているのか。それは「『一億人』は英文法の決定版なのですよ」と知ってもらいたい、ということではない。逆だ。1人1人の英語教師に、学校文法以外に学生を指導する手立てがあるということを知って貰いたいということだ。そして同時に「学校文法を越えたクレバーなシステムを作って本を書く自由がある」ことに気がついてもらいたいということだ。その自由は誰の手にもある。熱意が本物で、システムが優秀なら必ずそれは人を惹きつける。そうしたシステム同士が競合すれば、さらにいいシステムができあがる。文句があるならくすぶってねーで本書いてみろよ、ってことだ。僕もそうやってきた。

 わけもわからず学校文法に固着している考え方に衝撃を加え、歯車に最初の回転を与えること。そうやって本物の才能が自由に芽を出せる環境を整えること。それが、僕にとっての「世間を動かす」ということだ。




 以上。鮒寿司を食べた理由でした。
 あーうまかった。




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