07月≪ 2017年08月 ≫09月

12345678910111213141516171819202122232425262728293031
--.--/--(--)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--:--  |  スポンサー広告  |  EDIT  |  Top↑
2012.12/31(Mon)

2013年

 昨年はアイデアの成熟に、原稿が追いついてこない年でした。書いたそばから内容が古びていく、おいていかれてしまう、だから原稿を捨て続けることになる---そんな毎日を送ってきました。おそらく「一億人の英文法」で英語全体を見渡すことができ、やるべきことが見えてきたからでしょう。
 どの程度英文法は簡略化できるのか、どの程度従来の文法事項から役に立たない贅肉をそぐことができるのかは、やはり英語全体を見渡さなければ決めることができません。英語全域を相手にした体系を作ることによって各説明の冗長性が、無用の蘊蓄の存在がよりクリアに見えてくる、そうした場所に今ようやく立っているのです。

 原稿を捨てる毎日を繰り返しながらそれでも消されずに残ったいくつかの文章には、明らかな共通点があります。それは「不完全」であること。逆に本の全体像を決めて予定調和的に当てはめて書いた原稿は、すべて無価値となりました。不完全さを愛するのは---最近ふと気がついたことですが---それが僕にとって「本を書くこと」の意義とつながっているからです。
 
 本を書くことの最大の喜びと苦労は、内容が書いている本人を引きずり回すことにあると考えています。本の論旨は、著者のそもそもの意向に関わらず、自分で歩き始めようとするのです。それまで積み上げた論旨が命を宿し、自身が完結するために、思いも寄らない次の考察を要求し始める、と言ったらわかりやすいでしょうか。著者とは別の意志を持った文章そのものが、その成り行き上著者を支配し否応なしに新しい知見を探させる、と言えばいいのでしょうか。

 僕が不完全な原稿を好むのは、それが可能性に満ちているからです。何度も書かれてきた退屈な内容だらけの本を書いていられるほど、僕に豊かな時間は残されていない。

 昨年の笹子トンネル事故は尊い命がいくつも失われる痛ましいものでしたが、その悲劇とは別に思い起こされたのは、インフラに携わる地道で尊い仕事の有り様でした。選挙間際で声高に自己主張を続ける人だけに日が当たるこの時期に、誰に感謝されることもなく年末の上下線開通に向け、黙々と切断し、黙々と結線し、黙々と撤去し続け、立派に使命を成し遂げた一群の労働者の姿です。

 僕は今年そうした尊い人々と同じように、黙々と生きたいと思っています。「心でことばを学ぶ」方法の開発を、黙々と掘り進めようと思っています。講義し、本を書き、講演する。時にはメディアにも顔を出したりする。今年もそういった状況は変わらないと思います。そういった生活は、ことによると派手に見えるのかもしれませんが、そこに僕の本質はありません。僕の願いは、ただただ自分に与えられた能力を使いながら、誰かの役に立つように切断し、結線する優秀な労働者の1人となることです。



 今年もよろしくお願い致します。




大西泰斗






23:59  |  未分類  |  EDIT  |  Top↑
 | BLOGTOP | 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。