04月≪ 2017年05月 ≫06月

12345678910111213141516171819202122232425262728293031
--.--/--(--)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--:--  |  スポンサー広告  |  EDIT  |  Top↑
2014.12/30(Tue)

今年もありがとうございました


 とりあえず、いろいろ急ぎの仕事が片づいて、ようやく年末という感じになってきました。

 今年もっとも大きかった出来事は、私の本務校でPROGRESSIVE ENGLISHという科目を開講したことです。週2回十数人の学生を相手に「英語のバイエル」で抽出した、英語文を作り上げるための意識を、僕の解説と音読で徹底するという授業です。週2回なので実質3時間。一年を終え学生の進歩には刮目すべきものがあり、あらかじめ用意した教材を易々と乗り越えられてしまう事が多くなり、急遽ネイティブの会話文を用意しなくてはならないことも増えました。久し振りに教員としての喜びを感じています。来年度は、少しハードなトレーニングを科そうと思っています。
 私の活動は、教員としての職務の他、テレビ出演、(なかなか本にならない)原稿書き、新松戸DAVID'S ROOMの教材作成、講演会、地方の教育委員会への仕事と兵站が広がりきっていますが、毎日の活動を支えているのは、学生からもらう活力だったりするのです。

 今年もっとも時間を取られた(取られている)仕事は、NHK の「しごとの基礎英語」です。打ち合わせや収録など、大きな時間を取られる仕事ではありますがそれでも、私にしか解説できない角度があるのだろうと思いながらやっています。とはいえ、番組への姿勢は「スタッフのひとり」という感じでしょうか。ルーシーさん、篠山さん、ホランさんと、魅力ある方々が10分枠を埋めるのですから、私の出る幕はありません。ただ、語学番組ですから英語教員として言わなくてはならないことがある。スタッフの「視聴者の方々に英語が出来るようになって欲しい」という真摯な姿勢を話す技術として伝える義務がある。 私が番組で姿を見せる必要などそもそもなくいつも「天の声でいいんじゃないか」と言っているのですが、何かの都合で仕方なく出ている次第です。
 番組の解説はテキスト共著のChris McVay氏とSkypeをつなぎっぱなしにして延々と議論しています。そこらの辞書や文法書に転がっている話を貴重な電波を使って話すわけにはいきませんから。少しでも新しいこと。まとまりのいいこと。展望が開けるヒントがないかと思いながら、延々と話合います。これが私が「生きている」と思える瞬間です。自分の重ねた言語学者としてのロジックが、生の自然であるネイティブの語感にどこまで通じるのか。どこまで分析的に理路を通すことができるのか、それを試す時間でもあるからです。McVay氏は、Oxfordの教育が磨き上げた天才です。古典やラテン語、原題フランス語・スペイン語との比較、コミュニケーション論、すべてを使って自分の語感を説明することができる希有なネイティブです。そいつ(クリス、ごめん。口がすべった)と対峙して自分の理路を通すチャレンジだということです。まぁ半分くらいは「今度あそこのイタリアンに行ってみようよ」という話なんですけどね。
 この番組には端役としてお世話にはなっているのですが、英語教員としての実力を試される試練の場所でもあります。考えてもみてください。カメラで抜かれながら、篠山さんの「ガチ」の質問に答えていくのです。そこには言い淀みも不確かな引用も英文のまちがいも許されません。いえ、もちろんいいんですよ、まちがえても、答えられなくても。録画ですから、いくらでも編集はできます。ただ、答えられない質問ばかりなら、まちがいだらけの解説なら、通り一遍の解説なら、英語教師として篠山さんと教師ー生徒の関係を結べない。番組の背骨を壊すことになる。だからそこで間違えることは実質、できないのです。私が誇りにすることがあるとすれば教員になって25年でそうした芸当ができる人間として学習者に向かうことができている、そのことです。
 最近は服を選ぶのも面倒くさくなってきました。50男のワードローブにそんなに洋服は詰まっていないよ。そもそも「ステキに見られたい」というのは、男にとっては芸能人でもない限り、せいぜい40歳ぐらいの世迷い言でしょう。スーツ姿で出ることもありますが、「そういうこと」だと思ってご了承ください。

 今年は、年令というものについて考えさせられた一年でもありました。昔の友人と会ったり、番組のプロデューサーと話したりして、そうした年令の重みを感じてきました。「俺らは、バカみたいに働くだけで歳を取ったわけでもないよな」と、自分が歳を取ったことをこの上なく嬉しく思っています。50になった人間の飲み会は豊かで温かい。素の子どもと50年の世間知が同居している。安い居酒屋のキュウリを食べながら「これは高級品、大学のときは一袋30円のもやししか喰えなかったよな」と笑い合えるし、「明日から北極行くわ」なんてこともある。「テレビでてんだって?」と言われて「そんなことより、大宮の植木市に行きてぇんだよ」と答えることもある。

 さて、来年は少し子どもになってみようかなと思っています。クルマもいい加減乗ったし、大学の頃凝っていたバイクもいいのかなとか。川崎教習所のパンフとか取り寄せていたりします。今の免許じゃ400までしか乗れないしね。4月までは時間があるから、息子とKEYWEST とか、ドライブもいいかもなぁ。あいつも免許取り立てだから、尖った運転も教えてやろう。仕事も、好きな本を書いて暮らそう。

 そうやって、生きて、子どもに戻ろう。

 みなさま、よいお年を。
 



00:01  |  未分類  |  EDIT  |  Top↑
 | BLOGTOP | 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。